今ではすっかり耳慣れた言葉となった「推し」。
「推し活が楽しい」「推しを見て頑張れる」「同じ推しの友達ができた」——そんな声をあちこちで聞きます。みなさんの中にも、心を支えてくれる特別な存在がいるのではないでしょうか。今回は、この「推し」という現象を少し掘り下げてみたいと思います。
もともと「推し」とは、アイドルグループの中で特に応援するメンバーを指すファン用語だったそうです。ところが今では、アイドルや俳優、スポーツ選手だけでなく、漫画やアニメのキャラクター、歴史上の人物、さらには鉄道や昆虫など“人以外”まで対象は広がっています。
推し活の楽しみ方も実に多様です。ライブに行く、グッズを買う、SNSで交流する——それだけではありません。聖地巡礼、手作りの応援グッズ制作、「推し広告」のクラウドファンディング、さらには推しをモデルに人形を縫う“縫い活”まであるそうです。まさに広がり続ける文化と言えます。
ビデオリサーチ社が全国約1万4千人に行った調査では、15〜69歳のうち38.9%が「推しがいる」と回答しました。特に10代では7割超。40代以上でも4人に1人が推しの存在を持つ時代になっています。世代を越え、推しは確かな位置を占めるようになっているのです。
健康食品メーカー・サントリーウエルネスは、高齢者施設の入居者と職員が地域のJリーグクラブを応援するプロジェクトを続けています。
サッカーを見たことがない人、ルールも知らない人たちが、ユニフォームを着てタオルを掲げ、うちわを手に応援する——最初は戸惑っていた方々も、応援グッズを準備するうちに興味が湧き、気づけばお気に入りの選手ができる。サイトでは、部屋に推し選手のポスターを貼り、朝は「おはよう」、寝る前には「おやすみ」と声をかけるおばあさんの姿も紹介されていました。中には応援のためにポルトガル語を学び始めた107歳の方もいたそうです。
施設職員の方々の声も大きな変化を物語っています。
「リハビリには消極的なのに、応援となると自然に腕が上がった」
「部屋に閉じこもりがちだった人が一緒に応援することで笑顔が増えた」
——そんな報告が相次いでいます。
兵庫県の施設にいる83歳・テルコさんの例は象徴的です。推しの藤本憲明選手がヴィッセル神戸から鹿児島ユナイテッドFCに移籍したと聞き、「どうしても鹿児島へ応援に行きたい」と強く願いました。認知症があり、長距離移動は容易ではありません。しかし、地域募金が集まり、鹿児島のサポーターたちも温かく迎え、遠征が実現しました。推しがいなければ決して起こらなかった行動です。応援する気持ちが、人を前へ動かす——その力を改めて感じます。
似た例が阪神タイガースファンの間にも見られました。令和5年、タイガースが優勝した年、脳神経内科医・初田裕幸院長が軽度認知症患者855人を調査したところ、タイガースファンだった場合では暴言や昼夜逆転の症状が改善したのに対し、スポーツへの関心が薄い人には変化がなかったといいます。
院長は「推しのチームが勝ち続けることで積み重なった喜びや誇りが、ストレス耐性を高めたのではないか」と分析しています。まさに、応援が心に与える正の作用といえるでしょう。
脳科学者・瀧靖之教授(東北大学加齢医学研究所)はこう述べています。「脳の健康に必要なのは、運動、趣味・好奇心、コミュニケーション、睡眠、食事、そして小さくても“幸せだな”と感じる瞬間です」。
推しがもたらすワクワクや幸福感、会いに行くための行動、人との交流。それらは脳にとって非常に良い刺激になると話しています。
人はいくつになっても、楽しみを必要とします。そして、誰かを思い、応援する気持ちは、時に薬を超えるほどの力を持つことがあります。
推し活は単なる趣味ではなく、心を支え、毎日を前へ前へと押し出してくれる原動力なのかもしれません。
みなさんにとっての「推し」は誰でしょう。悲しい日も、寂しい日も、推しがいればほんの少し前に進める——そんな存在かもしれません。
ただし、沼には要注意! 散財や過度な依存は禁物です。
……と言いつつ、私の推しはロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手。シーズン中はついつい寝不足になりがちなのを反省しています。
【追記】
応援すると“好きになる”?—ペンライト実験
応援の行動は、心の変化だけでなく感情や評価にも作用することがわかっています。
名古屋大学の川合伸幸教授らは、昭和の名作アニメ『あしたのジョー』を題材に研究を行いました。作品を知らない大学生25人にボクサー4人の試合シーンを見せ、ペンライトを振ってもらったのです。参加者は「応援実験」だとは知らず、「腕の動き測定」と説明されていました。
ところが、ペンライトを振っている間に活躍していた選手ほど魅力的に感じたという結果が出ました。
応援するという行為そのものが、無意識のうちに愛着を生み、推しにつながっていく——そんな興味深い研究です。
― 参考資料 -
· ビデオリサーチ「推し活・ファンエンゲージメント調査」2025(15~69歳で38.9%、10代は7割超/中高年も4人に1人)。
株式会社ビデオリサーチ+1
·「Be supporters!」の概要と規模(2024年):全国230施設・延べ1万人超、エール総数4,816
Be supporters!|公式サイト-サントリーウエルネス
·「推し活」は幸福感を高めるとの研究も。マニアの趣味では終わらない推し活の最前線 | bizSPA!
·テル子さんの鹿児島遠征の記録(施設ブログ/Beサポ!事例)と藤本選手の移籍。
人生100年時代の物語大賞|Be supporters!公式サイト-サントリーウエルネス
·産経新聞:阪神優勝年における認知症症状の改善傾向(855人調査):はつたクリニック初田裕幸院長の報告
「推し活」がつくる幸福感 阪神優勝で認知症患者の症状改善、プラス感情でストレス耐性か – 産経ニュース
·健活手帳:滝靖之教授
推し活で健康になる(1)~ライブで脳が活性化、幸福感で生活習慣病や認知症リスクの低下も – 健活手帖
·「あしたのジョー」ペンライトの実験
JCSS2020_P-81.pdf
·「推しの科学 プロジェクション・サイエンスとは何か」久保(川合)南海子著 集英社新書刊
