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校長ブログ / 高等学校

2026.01 UPDATE

【高校校長ブログ】Vol.20 「丙午」の年男

 こんにちは、篠岡です。2026年、三ヶ日も明けて街は少しずつ日常を取り戻しつつあります。皆さんは、前号で触れた「一年の計は元旦にあり」を実行してみましたか? 私は、公的には、学校全体にますます「学びをたのしむ」の浸透を目標に、残り3カ月の2025年度を全うしつつ、26年度も引き続き《RISEI VISION 2040》の推進、具現化に向けて粉骨砕身していこうと誓いました。私的には、年齢も年齢なので、今年こそは健康のために running または walking を習慣化していこうと決意しております。 

 さて、今年はご存知の通り「午(うま)」年です。十二支(「ね」→「うし」→「とら」→「う」→ ……)の7番目です。これらは古典で覚えましたよね? 十二支は冒頭の図のように、昔は時間や方角を表す際に使われていました。今でも12時を正、それより前が前、後を後と言ったり、北を貫く特定の経線を「子線」と言ったりして、「午」の名残はしっかり残っています。そもそも、干支(えと)は十二支に因んでいるから当然なのですが、同じものは12年に1回巡ってきます。例えば、「午」年は2026年←2014年←2002年……という12年周期です。しかし、本当の意味で全く同じ干支は12年✕5周の60年に1度しかやってこないのです。今年2026年と60年前の1966年は、厳密にいうと「丙午(ひのえうま)」と言います。因みに、2014年(甲午 きのえうま)←2002年(壬午 みずのえうま)←1990年(庚午 かのえうま)←1978年(戊午 つちのえうま)←1966年…… というように、「午」にもいろいろあるのです。

 ところで、下のグラフは年毎の出生者数を表しています。赤棒が1966年です。パッと見て何か気づきませんか?

 

 ……そうです。前後の年々と比べ明らかに生まれた赤ちゃんが少ないのです。1966年と言えば「高度経済成長期」の真っ只中。64年には東京オリンピック、70年には大阪万博が開催され、日本は発展の絶頂期を迎えていました。こんな時期の66年にピンポイント出生者数減少が、ある ‘迷信’ によるものだと聞いたら驚きませんか? 「丙午に生まれた女は将来夫の運気を食い潰す」なんていう何の根拠もない非科学的迷信が、1966(昭和41)年という科学に立脚した近代に妄信され、単なる ‘産みびかえ’ によってこんな結果となったのです。私はこの事実を知った時、「人間の愚かさ」の一端を垣間見た気がしました。

 そして、この1966年が私の生まれ年なのです。つまり、私は今年2度目の「丙午」を迎えたわけですが、これがいわゆる「還暦」です。何年生まれの人でも、このように必ず60年で自分の生まれ年=「暦」に「還ってくる」のです。現在は右の絵のようなお祝いはしないでしょうが、「還暦」と言えば ‘赤いちゃんちゃんこ’ です。これは「 ‘赤’ に魔除けの力がある」ということや、「生まれ変わり=赤ちゃん返り」の意味を持ちます。ただし、これは平均寿命が短かった昔の長寿の祝いなので、私はこんなお祝いは御免こうむりますけどね…。今は平均寿命男性81歳、女性87歳の時代。私はそこまで長生きしたいとは思いませんが、もうしぱらくは若い者にも負けぬよう「学びをたのしんで」いきますよ!

 何はともあれ、1947~49年の「第1次ベビーブーム(団塊の世代)」250万人超、1971~74年の「第2次ベビーブーム」200万人超と比較すると66年の約130万人の異常さが際立ちます。けれども、皆さん現役高校生の世代(2007~10年・水色棒)はそれをさらに下回り、どうにか100万人を超えた数。そして、ここ最近はついに100万人に満たない出生者数で推移しています。このグラフからわかるように、最も出生数の多い世代が高齢者(その予備軍)となるわけですから、これから先ますます少子高齢化に拍車がかかっていく状況をあらためて痛感させられます。

 しかし、21世紀に活躍する皆さんが、若者人口の少なさをAIで補いつつ、「人間ならではのスキル(強み)」をしっかり身に着けていけば、日本の未来もそう暗くはないと信じています。まさに、《RISEI VISION 2040》はそれを成す鍵なのですよ!                                                        

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 上の表のように、古代中国の「五行説(「木火土金水」を五大元素とする考え)」と「陰陽道(陽(日)が、陰(月)が)」が合わさり「十干」となりました。この「十干」と「十二支」を組み合わせたのが「干支」なのです。

 干支は現在「丙午」以外も、実は至る所で我々は目にしています。例えば、甲子園球場は1924年「甲子(きのえね)」に完成した球場。大海人皇子のクーデター壬申の乱は672年「壬申(みづのえさる)」、明治政府と旧幕府方の戊辰戦争は1868年「戊辰(つちのえたつ)」、孫文が中華民国を建国した辛亥革命は1911年「辛亥(かのとい)」に勃発したことによるなど、歴史の世界では干支由来の名称が多く残っているのです。

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