今年の日本列島は、天災と人災の恐るべき幕開けとなってしまいました。能登半島地震、羽田空港での日航機と海上保安庁の衝突事故、正月から想像もできないことが起こり、本学園在校生や卒業生の中にも、被災地域の出身、地縁や近しい方がいるのではと思われます。お亡くなりになられた方や被災された方々に、心よりお悔やみとお見舞いを申しあげます。
このような災害の折、必死で命を救おう、復旧させようと尽力される方々の行動に頭が下がります。自衛隊や消防団などをはじめ、その力は様々な立場の方が日々訓練することで発揮されるものでもあります。
正月元旦、能登半島地震が起きたときNHKアナウンサーの山内泉さんは鬼気迫る口調で避難を呼びかけました。「今すぐ逃げてください!」「東日本大震災を思い出してください!」「『ここは大丈夫だ』と思うのは危険です。情報を待って逃げ遅れないでください!」と。
放送を見て最初は驚きましたが、その訳を聞き深く納得しました。NHKの関係者によると、同局のアナウンサーたちは東日本大震災のとき「あの時、報道人としてもっと何かできたのでは」と大きな無力さを感じたそうです。そこで大規模災害時の「呼びかけ」を検証。全国で40以上のNHK各支局のアナウンサーと専門家が力を合わせ、600ページにもわたる「地域版 命を守る呼びかけ」というマニュアルを完成させました。
人は「自分は大丈夫」「みんなといるから大丈夫」と思う傾向があります。「正常性バイアス」「同調性バイアス」と言うらしいですが、普段はストレスをためないようにこの心のバイアスが役に立ちます。でも災害のときは別で、このバイアスが邪魔になるのです。東日本大震災の時、早く逃げるように言われたのに正常性バイアスが作動して逃げ遅れた方がいたと聞きました。
特に津波は時間との闘いです。普段、冷静に語るアナウンサーが「異常な姿」を見せることで、ことの重大さを伝えたい。一刻も早く避難してほしい。「ことばで命を守る」との思いでNHKは取り組んでいるそうです。あの強い口調はバイアスを外す効果がありました。因みに山内アナは最初の赴任地が金沢支局だったそうです。
そして2日、羽田空港で海上保安庁の航空機と日本航空(JAL)機の衝突事故が起きました。残念ながら海保庁の方5名が亡くなりましたが、JAL乗客乗員379人の方々は助かりました。炎が燃えさかる中、多くの乗客が避難できたのは、乗員たちのプロフェッショナルな力と言われています。機内アナウンスが使えない中、客室乗務員はメガホンをもって誘導。8か所ある非常口のうち火がまわっていないドアを確認して開け、乗客を脱出させました。その行為は機長と連絡がつかなかったため、客室乗務員の判断で行われたそうです。一方、機長は逃げ遅れた乗客がいないかを確認し、最後に脱出したとのこと。迅速な完全避難までわずか18分だったそうです。
このような迅速な対応の背景には1985年8月12日、JAL123便御巣鷹山墜落事故で520名の方々が亡くなったことが大きく、もしもの場合に備え、同社ではあらゆる状況を想定して訓練を行なっていると聞きました。
本物と同じ実物大模型での避難誘導訓練や、大声を出すトレーニング、海に不時着した時の訓練、実務に就いてからも定期的に救難訓練があり、試験に合格しなければいけないなど安全対策のために取り組んでいるそうです。
今回の脱出は奇跡的なことと言われていますが、奇跡は多くの人のプロ意識や日々の訓練がなければ起きなかったでしょう。JALのHPには安全啓発教育のための三現主義という言葉が書かれています。三現主義とは御巣鷹山墜落事故のあった場所へ慰霊の登山へ行き(現地)、残存する機体や遺品(現物)を見て、事故に関わった人の話を聞く(現人)。そこから安全への意識と理解を高めるというのです。訓練をするだけではなく1人ひとりが強い責任感をもって取り組む。それを風化させることなく受け継いでいくことが大切で、今回はその精神が生かされ多くの命が救われました。
地震や事故は必ず起きるものです。その度に人は傷つき、無力感に襲われる。でも悲しみや経験から少しでも前に進めるよう、知恵を絞り努力して立ち向かう人々がいます。そこから得た教訓と対策は希望の種となって次の世代に受け継がれていく。 「忘れない」「次の世代につなぐ」ことで救える命がある。「教訓を糧にする」、それはとても大切なことに違いありません。
参考資料
■「正常性バイアス・同調性バイアス」
知ってほしい!避難の妨げになる「正常性バイアス・同調性バイアス」|赤十字NEWSオンライン版|広報ツール・出版物|赤十字について|日本赤十字社 (jrc.or.jp)
■羽田空港衝突事故
【羽田衝突事故】日航機「乗客全員無事」を世界が称賛 元CAが明かす〝驚きの保安訓練〟 – 記事詳細|Infoseekニュース
産経新聞大阪本社版1月5日 朝刊社会面
■JAL HP 三現主義
index_017.pdf (jal.com)