去る10月6日、NHK大阪ホールで開催された「第38回大阪私立中学校高等学校芸術文化祭」。履正社高等学校吹奏楽部の演奏は、胸が熱くなるような感動を私に与えてくれました。顧問の林先生が情熱的にタクトを振り、生徒たちが一糸乱れず全力で応える姿。その一体感あふれる演奏は、私の想像を見事に超え、感動的で、思わず涙がこぼれそうになりました。
その光景を目にしたとき、今年亡くなったクラシック音楽の巨匠、小澤征爾のことを思い出しました。彼が若手音楽家の育成に情熱を注ぎ、生の音楽を届けるために続けた「コンサートキャラバン」。それは、音楽の力が人々の心をどれほど深く動かすのかを教えてくれる取り組みでした。
小澤征爾は、日本が誇る世界的指揮者です。名指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンやレナード・バーンスタインに師事し、1973年から29年間ボストン交響楽団の音楽監督を務めました。彼が海外で評価されることは、当時の日本にとって画期的な出来事でした。2002年にはウィーンフィルのニューイヤーコンサートで指揮を執るなど、当時の音楽界において世界的に評価の高い存在でした。
そんな小澤征爾が、若い音楽家の育成に心を砕き、 1989年に始めた「コンサートキャラバン」は、音楽の持つ力を証明する象徴的なプロジェクトでした。「生の音楽が聴けない町で演奏しよう」という親しいロシアのチェリスト、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ氏の提案に応え、岐阜県白川町で母校の桐朋学園高等学校の生徒や若手音楽家たちとともに演奏を行ったのが最初です。トラックの荷台をステージ代わりにし、お寺や神社、小学校を巡る音楽の旅。そのどこか素朴でありながら情熱的な取り組みに、多くの人々が心を動かされたといいます。
小澤征爾は「私たちが全身全霊で演奏すると、初めて生の音楽に触れる人々も耳を傾けてくれる」と語っています。そして、涙を流す聴衆の姿を目の当たりにしたとき、「これが音楽家になった喜びか」と深い感動を覚えたそうです。この経験は彼を魅了する取り組みとなり、1992年には新潟、2002年には岩手県でさらなる演奏活動を行いました。聴衆が数人の時もあれば、千人を超える時もあり、そのどの瞬間も彼にとって忘れられない想い出となりました。
特に印象深いのは、2002年8月に岩手県で行われたコンサートキャラバン。地元放送局の斎藤淳さんのブログによれば、アンコールでロストロポーヴィチ氏が「今日は原爆の日。演奏後の拍手はご遠慮ください」と語り、その後、静寂の中で奏でられたバッハの曲。会場を包むすすり泣きの声に、音楽の力が心の奥深くに届く瞬間であり、音楽が持つ感動の力を再確認したと記されています。
また、2002年にバイオリニストとして「コンサートキャラバン」に参加した大宮臨太郎さんは、当時の経験を忘れられないと語ります。「小澤さんの指揮で演奏すると、涙が自然とこぼれた。彼は本当に音楽で人の心を動かす力を信じていた」と振り返ります。
「真剣に演奏すれば、必ず相手の心に響く」と小澤征爾の言葉にあるように、真剣に演奏することで、聴く人の心に響く。コンサートキャラバンに感動した人々の姿は、次にはアーティストに力を与え、さらなる深い演奏を生み出す。お互いが共鳴し合う瞬間が、まさに音楽の魔法です。
履正社高等学校吹奏楽部の演奏を聴いたとき、私は小澤征爾の言葉を深く実感しました。生徒たちが奏でた音楽は、真剣さと熱意そのものであり、それは聴く人の心を深く揺さぶる力を持っていました。
年を重ねるごとに涙もろくなるのは、物事の本当の価値を少しずつ理解できるようになるからかもしれません。音楽だけでなく、若者たちの真摯な姿を見ると、心を動かされるものです。
AIが急速に進化し、私たちの生活を大きく変える中で、音楽という感情の芸術はなおさら特別な意味を持っています。「やっぱり音楽って素晴らしい!」。履正社高等学校吹奏楽部の演奏は、改めて私にそう感じさせてくれるものでした。
音楽は、ただ聴く人と奏でる人をつなぐだけではありません。それは人と人の心を結びつけ、新たな感動を生む力を持っています。その尊さを、私自身も大切にし続けたいと思っています。
参考資料
●「おわらない音楽」小澤征爾著作・日経BOOKプラス
● 岩手めんこいテレビ「目と耳のライディング」バックナンバー2002年31回
● めんこいテレビ/目と耳のライディング