篠ブログ №13 東大生の74%が「勉強が楽しい」と回答―「学びをたのしむ」ためのヒント

篠ブログ №13 東大生の74%が「勉強が楽しい」と回答―「学びをたのしむ」ためのヒント

こんにちは、篠岡です。

文化祭の余韻も冷めやらぬシルバーウィークも、いよいよ終盤。

非日常から日常へ回帰するには、十分な時間だったでしょうか?

2学期はこの後、中学部は運動会・秋の校外学習、高校は球技大会、さらに中高の芸術鑑賞など、大きな行事も目白押しですが、基本的には「勉学の秋」がメインとなります。

高3生はいよいよ大学受験本番期、総合型選抜や公募推薦に挑みます。

そして、他学年にとっても、秋はじっくりと学びに向き合うには絶好の時期です。

今号ではそこに向かって、前号『篠ブログ№12』をもう少し掘り下げてみますので、連休中の隙間時間を使ってぜひご一読ください。

■「学びをたのしむ」って難しい?

日頃から「学びをたのしむ」を合言葉に、様々な「学び」に積極的にチャレンジしている履正人。

とはいえ、「やっぱり勉強はつまらない」「どうやって楽しんだらいいの?」と感じてしまう人も多いのではないでしょうか。

そんな中高生、特に低学年の皆さんのギアの切り替えを後押しすべく、今回は少し面白い記事を紹介します。

先日、私の目に留まったのが、次のタイトルです。

―東大生250人「勉強は楽しいですか?」の問いに74%が「楽しい」と答えた背景―知られざる合格者たちの「習慣」―

念のため。私は、別に東大を信奉したり、絶対視したりしているわけではありません。

ただ、「東大生」という言葉には、やはり一般的にインパクトがありますから、何か皆さんの参考になるのでは?と思って読み進めてみました(この記事のリンクは最下部に)。

■東大生と聞いてどんなイメージを持ちますか?

やはり「東大生=日本で有数の高学力な人の集団」というイメージが一般的でしょうか。

すると何となく、彼らは「もともと勉強が好きで、生まれつき賢かったんだ」とか、「勉強は楽しくないけど、我慢に我慢を重ねて努力したんだ」と考えてしまいますよね。

でも、本当にそうなのでしょうか?

筆者の西岡壱誠さんが東大生250人を対象に行ったアンケートでは、「実に7割超が勉強を楽しんでいる」とのこと。

さらに、残り3割の「楽しくない」派も、「一部の教科が……」とか、「受験勉強は……」ということで、勉強そのものを全面的に嫌っている学生はほぼいないというのです。

これで、「楽しくないけど我慢して頑張った集団」というイメージは、少し違って見えてきます。

■東大生は勉強大好きな変わり者?

では次に、「勉強がもともと好きな特殊な人」「もともと賢かったから、難問も解けて楽しかった人」という見方はどうでしょう。

これも、どうやら違うようです。

東大生といえども、勉強を手放しで楽しいと思えるわけではありません。

特に「受験のためだけの勉強」が、いつでも楽しいわけではないのは皆さんと同じようです。

ここで重要なのが、そもそも「勉強を楽しむ」と「ゲームや漫画を楽しむ」は、少し違うということです。

ゲームや漫画は、それ自体に楽しさが組み込まれています。

一方、勉強は、最初から誰にとっても面白いものではないのです。

それでは、「勉強を楽しむ」とは何なのか?

勉強を「楽しめる人」と「楽しめない人」の差は、いったいどこにあるのでしょうか?

■カギは「勉強を楽しむための努力」

記事の中で印象的なのが、東大生は「その科目を楽しむための努力」をしている人がとても多いという指摘です。

つまり、勉強を「楽しい」と思えるように、その科目への興味関心を広げる努力を意識的にしていたということです。

例えば、自分が苦手な教科、つまらないと思う科目にも、「その道の人」は必ずいます。

そうした人々の多くは、その道の面白さを知り、楽しんでいるはずです。

そんな人々が発信する「その道の楽しさ」を伝える情報を検索し、それに直接触れることは、このネット時代なら容易なことです。

だからまずは、そんな既に楽しんでいる人の「面白い話」の動画や本に触れてから勉強に入ってみる。

つまり、嫌いでも、苦手でも、「楽しい」と思える要素を自分から見つけにいく努力をしてみるのです。

苦手な教科も、入口を変えてみる。そこから「好き」が始まることもあるのです。

そんな努力をしている人が、東大生には多いということなのかもしれません。

■私自身の「学びの入口」

私の専門教科は国語ですが、その基盤を作ったのが、実は幼少期に読みふけった『まんが日本の歴史』でした。

(「教師なのに漫画?」「国語なのに歴史?」…)

中でも50年以上たった今も忘れられない“長篠の戦い”での1シーン。

苦戦する徳川が同盟軍の織田に援軍を求める。その役目を担って敵軍の中を進み、その帰途で武田に捕らえられ命を落とした名もない足軽“鳥居強右衛門”。

たぶん歴史の教科書にも出てこないような人ですが、彼が味方に向かって「援軍は来ますぞー」と叫び、はりつけ台で殺される1コマと彼の名前は、今でも鮮明に私の記憶に残っています。

その後も漫画といえば歴史もの、『三国志』や『項羽と劉邦』、そして今では『キングダム』まで愛読しています。

さらに、年齢とともに漫画だけでは飽き足らず、それまで読書嫌いだった私が、司馬遼太郎や吉川英治などの歴史小説、果ては『平家物語』などの古典にまで範囲を広げたことが、今の“国語教師”という仕事につながったのかもしれません。

時は流れ、今はYouTubeなどデジタルコンテンツの時代です。

私は最近、『誰でも10分でわかる相対性理論』や『中学数学で解ける微分積分』なんて動画を興味本位で観ています。

文系人間の私にとって、物理や数学は学生時代から最近まで、まるで「宇宙の果て」にあるくらい縁遠いものでした。

それがこれらの動画をきっかけに、「地球上」のどこかに降りてきたくらいには感じています。

「なんか面白そう。もう1回勉強してみようかな?」そんな距離感になったのです。

つまり、学びへの入口は、必ずしも教科書や授業だけではありません。

漫画でも、動画でも、人との出会いでもいい。

入口が変われば、見え方が変わることがあるのです。

■「勉強が楽しい」は技術でつくれる?

ここまで考えると、「勉強が楽しい」というのは、単純に「勉強が好きな人」と「嫌いな人」の違いではないかもしれません。

× 最初から面白さが用意されているもの(ゲームや漫画):与えられた楽しさを消費する

◎少し掘ってみないと面白さがわからないもの(勉強):自分から面白さを見つけ出す

言い換えれば、「受動でも楽しいもの」と「主体性をもつと楽しいもの」の違いです。

だからこそ、後者には、自分なりの工夫が必要です。

そして、それは生まれつきの才能ではなく、誰でも意識して実践できる「技術」なのではないでしょうか。

・その分野を楽しんでいる専門家の話や動画に触れてから学ぶ

・勉強と日常生活とのつながりを探しながら学ぶ

こうした工夫を重ねることで、「勉強を楽しむ技術」は身につけられる。

さらに記事では、「この技術は、学生以上に社会人の仕事にこそ求められる力だ」という指摘もありました。

これは、「知識を一生使えるスキルへ」を掲げる本校にとっても、非常に重要なポイントです。

そして、翻って我々教員は全員、まさに上記の「その道の人」です。

日々の授業で、知識だけでなく「この教科はこんなところが面白い」という部分まで伝えられているだろうか。

私たち自身も問い直さなければなりません。

■あなた自身の「学びの入口」を探してみる

本校は、皆さんが在学中に培うべきものを、「知識から➡スキルへ」と位置付けています。

そういう意味では、「受験のためだけの勉強」に終始するのは、どこかもったいない。

様々な「学び」をたのしむ中で、自ら面白さや価値を見つけ、それを自在に活用できる力を身につける。

そうして得た力こそが、大学でも社会でも通用する「スキル」になります。

受験勉強も、そのための一つの通過点です。

そこでしか使えない力ではなく、一生涯、自分を支える力へとつなげていくことが大切なのです。

「技術(スキル)」と名のつくものは、順序立てて学んでいけば、誰でも後天的に身につけられます。

そのことも、履正社が「言語技術」を学びの核として重視する理由の一つです。

「学びを楽しみたいけれど、なかなかうまく実感できない」と感じている人もいるでしょう。

そんなときは、無理に「勉強を好きになろう」とするのではなく、まずは入口を変えてみる。

教科書・参考書・問題集・宿題などの“学びの定番”だけが入口でないことは確かなようですが、皆さんどう思われますか?

今回のブログが、そのための小さなきっかけ、“一条の光”になれば幸いです。

《参考文献》西岡 壱誠さんの記事全文は下からどうぞ(『東洋経済on-line 2026.9.9』より)。

👉東大生250人「勉強は楽しいですか?」の問いに74%が「楽しい」と答えた背景

西岡壱誠氏:著作家・教育者。東京大学卒。『東大読書』などの著書があり、『ドラゴン桜2』などの監修も務め、学習法に関する著作・講演活動などを行っている。

*前号へのリンク👉篠ブログ №12 履正社文化祭2026―シリーズ編集後記

*次号へのリンク👉(現在配信前)

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