【授業風景】岩倉使節団と有名大学設立者の志【歴史総合】
皆さん、こんにちは!
今回は、1年生の「歴史総合」の授業風景をお届けします。
現在、授業では明治維新の「岩倉使節団」周辺の歴史について学んでいます。単に出来事や年号を暗記するだけでなく、現代の私たちが知る「有名大学」と歴史がどのように交差していたのかを紐解く、とても興味深い内容でした。
150年前の海外で、使節団と出会った若き情熱
実は、私たちがよく知る大学の創始者や関わった人物たちは、岩倉使節団と現地で深く接触していたのです!
同志社大学(新島襄)
アメリカに渡っていた新島襄は、現地で岩倉使節団の通訳や案内役を務め、ヨーロッパの教育視察にも同行。この時の体験が「日本にキリスト教主義の大学を」という同志社設立の大きな原動力となりました。
立命館大学(西園寺公望)
フランス留学中だった西園寺公望は、岩倉具視が期待する後輩。パリを訪れた使節団を手厚く迎え、木戸孝允らと交流を深めました。のちに私塾「立命館」を創設する思想の礎がこの欧州で養われました。
金子堅太郎と留学生たち
使節団と同じ船で渡米した金子堅太郎のように、多くの若者が西洋の学問を学び、帰国後に日本の近代化や法学教育の発展に貢献していきました。金子堅太郎は関西大学の初代名誉校長(名誉顧問)に就任します。
さらに授業では、同時代に誕生した関西学院大学(宣教師W.R.ランバスが創立)の成り立ちにも触れられ、身近な関西の有名大学のルーツが次々と解き明かされていきました。
有名だから行くのではない。「志」を継ぐ選択を
生徒たちは「自分たちが知っている大学の裏側に、こんな歴史のドラマがあったんだ!」と驚き、目を輝かせてノートを取っていました。
授業の締めくくりに、担当の先生から生徒たちへこんな熱いメッセージが送られました。
「今、私たちが『有名大学』と呼んでいる学校は、最初からただ有名だったわけではありません。
時代の変革期に海外で刺激を受け、『新しい日本を支える人材を育てたい』という、創始者たちの熱く立派な『志』があったからこそ、今も魅力的な大学として存在しているのです。」
自分の「志」を重ね合わせて進路を選ぼう
高校1年生の皆さんにとって、これからの大学選びは「知名度」や「偏差値」といった表面的な情報に目が行きがちです。
しかし今回の授業を通して、「その大学がどんな熱い思いで作られたのか」「自分はその創始者の志を継いで、どんな学びをしたいのか」という、一歩深い視点を持つきっかけになったのではないでしょうか。
歴史を学ぶことは、自分の将来(進路)を考えることでもあります。創始者たちの情熱に刺激を受けながら、皆さんも高い志を持って自分の未来を描いていきましょう!